「テレビの消えた日」
「テレビが消えたから、なんとかしてほしい」
久しぶりに聞く妹の声は、そんなことを催促してきた。
東京の大学に入学し、一人暮らしを始めてから、もう三年目になる。
今年からは妹も東京の大学に通うことになり、同じように一人暮らしを始めていた。
同じ東京といっても、僕と妹の大学はだいぶ離れており、会いに行くには電車を乗り継ぎ一時間以上かけなければいけなかった。
そのため、一人暮らしを始めたての頃こそ慣れない東京での生活で困ったことがあったときに連絡をしてきたのだが、最近ではほとんど連絡もとらず、お互い別々の生活を送っていた。
「消えたって・・・映らなくなったの?」
「うん、さっきつけてみたら映らなくて・・・叩いてみたりもしたんだけど。」
やたら古典的な解決法をとる妹だった。
「今のテレビは叩いたって直らないよ・・・うん、わかった。今日は予定もないし、今から見に行くよ。」
こうして、久しぶりに妹に会いに行くことになったのだった。
妹の暮らすアパートは僕の家から電車を二本乗り継いで十五分ほど乗った駅から歩いて五分ほどのところにある。
両親もさすがに妹のほうが可愛いのか僕の暮らしているところよりもワンランク上のアパートであり、入口もオートロックになっている。
インターホンで妹の部屋番を押し、開けてくれるのを待つ。
「お待たせ。わざわざありがとう。」
「いや、いいよこれくらい。」
妹について部屋に入る。
部屋の大きさ自体は僕の部屋と大して変わらないのだが、きちんと整理された部屋はなんだか自分の暮らす空間より広く感じた。
問題のテレビは一人暮らしには少し大きめのものを父親に買ってもらったらしく、整った部屋の隅で存在を主張していた。少しうらやましい。
「その辺に座ってて。今、飲み物を持ってくるから。」
「いや、のども渇いてないしとりあえずテレビを見ちゃうよ。」
「・・・うん、わかった。」
「――――これは、確かに壊れてるな・・・ちゃんとお店に頼まないと直らないと思う。」
「やっぱり。」
「やっぱりって・・・。わかってたなら最初からそうすればよかったのに。」
「こんなの私じゃ持って行けないもん。」
そういうことか。どうやら確信犯のようだった。
「しょうがない、持って行ってあげるから、修理に出しに行こうか。」
「うん、ありがと。」
妹のアパートから家電量販店までは電車で二駅ある。たしかに一人でテレビを持って行くには結構な距離だ。
「こうやって一緒に歩くのも久しぶりだね。」
僕は隣に歩く妹に話しかけた。
「うん。」
妹は昔からとにかくマイペースだった。
地元にいたときには別に普通だと思っていたその妹のペースだが、こうして東京の人ごみの中にいると、なんだか今まで感じていたよりもゆっくりな気がした。
「・・・変わってないよな。」
「え?」
「いや、都会に出て少しはあか抜けたりするのかな、と思ってたんだけどさ。」
「ふーん。・・・お兄ちゃんは、やっぱり変わったよね。久しぶりに会ったときはびっくりしたもん。」
僕は、大学に入って一年目こそ夏休みと年末に帰省したが、二年目以降はサークルやバイトもあり家には帰ってなかったので、今年の春に妹の引っ越しで両親がこっちに来たのが久しぶりの家族集合だった。
「なんだか、東京の人っていつもそわそわしてる感じがする。久しぶりに会ったときのお兄ちゃんもそんな感じがした。」
「そっか。」
言われてみると確かにそうかもしれない。
毎日、通勤ラッシュに揉まれての通学やら大学での友人たちとの付き合いやらでいろいろと生き急いでいたのかもしれない。
一人暮らしを始めてすぐこそ戸惑っていたけど、いつしかそうした環境に慣れている自分がいた。
そうして、たわいもない話をしているうちに家電量販店に着いた。
「よし、さっさと修理に出しちゃおう。」
「うん。あ、ちょっと見たいものがあるから行ってきてもいい?」
「え?いいけど、テレビは・・・」
「まかせる。」
「わかった。終わったらここで待ってるから。」
どこまでもマイペースな妹なのだった。
店の入り口で妹と別れて、僕は修理の受け付けに向かった。
「それでは、お預かりします。修理には二週間ほどかかりますが、商品のほうは配送いたしますか?」
「あ、はい。お願いします。」
テレビを店員に預け、用紙に妹のアパートの住所を記入した。
「お待たせ。」
手続きを終えて入り口で待っていると、買い物が終わったらしく、妹が戻ってきた。
そのまま二人で駅に戻る。
「テレビ、二週間くらいで直るってさ。また取りに来るのも大変だから配送にしてもらったから。」
「うん。ありがと。そうだ、せっかくだから今日はうちで一緒にご飯食べてく?」
「あー、そうだね。すぐ食べられるようなものを買ってこうか?」
「ううん、作る。」
「了解。」
帰りもまた妹とのマイペースな会話をしながらアパートに戻るのだった。
帰って料理を始めてから小一時間ほど。
上にあったテレビがなくなり、テレビ台だけがぽつんと置かれた部屋の隅を眺めてぼーっとしていた僕の前に妹の手料理が並び始めた。
「やけに豪華だね。」
気付くと、一人暮らし用の小さめのテーブルの上には所狭しと皿が並んでいた。
「やっぱり、忘れてた。」
「え?」
メインディッシュのために空けられていたらしいスペースに妹が最後の料理を置いて僕の向かいに座る。
「今日は、お兄ちゃんの誕生日。」
テーブルの真ん中には手作りらしい小さなケーキが置かれていた。
東京に出て一人暮らしを始めてから、なんだかんだであっという間に毎日が過ぎていった。
誕生日などというイベントはもともと一年に一度家族でささやかにケーキとおいしいものを食べる程度のものであり、ここ数年は一緒に祝う人もなく、忙しい日々の生活の中ではすっかり頭から抜けていた。
「誕生日、おめでとう。おにいちゃん。」
「うん、あ、ありがとう・・・。」
このマイペースな妹はいったいどこから計算していたのだろうか。
そんなことを少し考えたりもしたけど、すぐにどうでもよくなった。
「うん。ありがとな。」
僕はもう一度妹にお礼を言う。
「それじゃ、冷めないうちに食べて。」
「うん。そうだね。いただきます。」
男の一人暮らしでなかなか手料理なんて食べない生活を送っている僕にとって、久しぶりに食べる家庭の味は格別だった。
「来年のお正月は一緒に家に帰ろうか。」
「うん。お母さんたちもよろこぶ。」
帰ってきたときは部屋の隅のテレビが消えてどこか物寂しくなった気がした妹の部屋だったけど、いつの間にかどこか暖かく、懐かしい雰囲気になっていた。